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導入事例

隠岐郡海士町

小さな町の大きな挑戦。

産業連関表を利活用した持続可能なまちづくり

人口減少や高齢化などにより地域づくりの担い手不足に直面している地域の中には、未来を見据えた持続可能なまちづくりのために、新たな挑戦を行っているところがあります。

島根県・隠岐諸島にある海士町もその一つです。人口はわずか2,300人ほど。東京や大阪から向かうと、飛行機、電車、船を乗り継いでおよそ7時間を要する、文字どおりの離島です。同町では、2019年に各産業の売上高や域外依存率などがわかる「海士町版産業連関表」を作成し、町の経済状況を可視化しました。その結果、新たな事業が生まれ、地域産業の活性化につながっています。

このような背景のなか、産業連関表の重要性にいち早く着目し、それを基に2022年に交交株式会社を設立した大野佳祐さんに、これまでの歩みを振り返っていただき、海士町への想いを伺いました。

大野 佳祐(おおの けいすけ)

1979年、東京都生まれ。2014年に海士町に移住し、隠岐島前高校魅力化プロジェクトに参画。2019年には、国内初となる県立高校の学校経営補佐官に就任し、隠岐島前高校および隠岐島前地域の教育魅力化に取り組む。現在は、AMAホールディングス株式会社の代表取締役社長、交交株式会社代表取締役社長、海士町里山里海循環特命担当課課長、隠岐島前高校学校経営補佐官、一般財団法人島前ふるさと魅力化財団常務理事を兼任している。

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小野 雄也

聞き手

(おのゆうや)

1986年生まれ、茨城県牛久市在住。パートナー企業である有限会社イーズの一員として、海士町版産業連関表作成業務に携わる。2015年を対象にした海士町の経済規模やお金の漏れに関する状況を事業者に説明した際に大野さんと出会う。地域経済に関する講演やその他自治体の産業連関表の作成を通して、地域経済の見える化を実施している。

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地域活性のカギは「どう増やすか」ではなく、「いかにして減らさないか」

──産業連関表を活用して新たな事業を始めた経緯について、あらためて教えていただけますか。

移住から一貫して高校生の教育現場に携わってきましたが、海士町の持続可能性を高めるためには、人づくりだけでなく、まちづくりや事業づくりも重要だと感じていました。そのため、海士町を代表する隠岐牛や岩がきなどの特産品を販売する地域商社を事業として始めようと考えていましたが、新型コロナウイルス感染症が拡大している時期でしたので、すぐには動き出すことができませんでした。

そんなときに産業連関表を偶然見かけ、海士町では毎年3.3億円ほどが電気代として島外に流出していることを知ったんです。そこで、電力事業を立ち上げて地域主体で電気を生み出すことで、電気代の地域外流出を防ぐだけでなく、町内の自立を促すことにもなるのではないかと考え、交交株式会社を2022年に設立しました。

──産業連関表によって、新たな事業の可能性に気づいたわけですね。

まさにそのとおりです。産業連関表を見たことで、コロナ禍で島外に隠岐牛や岩がきを売って稼ぐよりも、島内消費を高めて海士町自体の経済循環を促進したほうがいいのではないかという新たな認識に至りました。これはいわゆる「漏れバケツ理論」ですね。

島内で循環するお金をバケツの水、島外に流出するお金をバケツの穴から漏れる水に例えると、島内でお金が循環するほどバケツの水は満たされます。しかし、海士町ではバケツに無数の穴があいている状態だったので、まずやるべきことは、その穴をふさぐことでした。そのなかでも特に域外依存率が高く、バケツの穴が大きい電力に目がとまったのです。

──会社設立から2年ほど過ぎましたが、バケツの穴はどの程度ふさがりましたか?

電力に関するバケツの穴をふさぐ進捗度は3%ほどで、売り上げは1,000万円から1,000数百万円の間で推移しています。まだまだ成長の余地はありますが、これまで大手電力会社に支払っていた1,000万円ほどの資金が島内にとどまり、それを再投資する機会が創出できたことで、事業の方向性としては間違ってはいないなと感じています。

──一方で、課題も浮き彫りになったと伺いました。

事業を始めた当初は100%自給自足で進めるつもりでしたが、「全て自給自足でできるから大丈夫です」と胸を張って言ってしまうと、これまで島の電力供給を支えてくれていた大手電力会社が海士町から撤退してしまいます。交交が永続的に存続する保証はありませんので、将来を見据えると、大手電力会社との信頼関係を構築しておくことも重要だと思うに至りました。

それらを踏まえると、創エネ100%ではなく30%程度を目指して事業を進めることが、ビジネスモデルにしても、大手電力会社との関係にしても、海士町の未来にしても、ベストなのではないかと考えています。

産業連関表の利活用が、事業のさらなる成長を後押し

──産業連関表を作成したことで満足して、その後の利活用につながらない場合も少なくありません。大野さんは、なぜ行動につなげられたのでしょうか?

それは、おそらく地域の特性が関係しているのかもしれません。海士町では、大都市圏と比べると立ち上げられる産業は限定的です。例えば、林業を行うにしても、この町の森から木を切って販売するのには輸送コストもありハードルが高いですし、家賃が非常に安いため不動産業は成立しづらいなど、さまざまな制約があります。そのため、選択肢が限られていて、かつ、産業連関表によって電力が漏れの多い事業だとわかっていたので、すぐに行動に移すことができたのだと思います。

──即断即決、即実行が大事なわけですね。

そうですね。あとは熱意でしょうか。私たちは、to B向けの太陽光パネルがどこで買えるのかもわからないまま会社を設立しました。某メーカーの担当部署に、「どこで太陽光パネルが買えるんですか?」と電話をして聞いたほどです。そして太陽光パネルに詳しい人をご紹介いただき、その方と連絡を取りました。「こちら側にどういう準備があれば太陽光の事業ができますか?」と聞くと、「熱意があればいいですよ」と言われたので、「逆に熱意しかないんです」と答えました。資金もなければ知識もない。本当に熱意だけで突っ走ってきた感じです。結果的に、その方は弊社の顧問になってくださいました。

──大野さんのその熱量やモチベーションはどこから湧いてくると感じますか?

モチベーションがどこから湧いてくるのかは、自分でもわかりません。ただ、「自分ができることをやった方がいい」とか「高校生に『起業家マインドが必要』と言うなら自分もいつか起業しなければ」という思いは、常に頭の中にありました。

そのかいあってか、会社設立から1年後には売電までこぎつけたのです。もちろん、そこまでたどり着くには順風満帆ではありません。つらい思いや悔しい思いもたくさんしました。でも、やらないよりは、やったほうが楽しいですからね。

──2023年4月より海士町役場に里山里海循環特命担当課が新設されました。そこの課長に就任したのも、そのような想いがあったからでしょうか?

里山里海の循環を検討する課が新設されることは聞いていました。その中に「再生可能エネルギーの促進」が含まれていたこともあり、大江町長から「交交さんに業務委託できないか?」と提案を受けました。その当時、私は交交に加えてAMAホールディングスの代表取締役社長にも就任し、さらに隠岐島前高校の学校経営補佐官、一般財団法人島前ふるさと魅力化財団の常務理事を兼務していたんです。そのため、「超人じゃないんだから無理です」と、はじめはお断りをしたのですが、町長の熱意に感銘を受け、「できるところまでやってみるか」と意を決してお引き受けすることにしました。

──半官半民の立場ということですか?

そうです。「官」として役場の業務に従事しながら、「X」として自分の好きや得意を地域に還元する「半官半X」という海士町が提唱している働き方の逆バージョンですね。民間の立場にありながら行政の管理職を担っていく、民から官への「半官半X」です。

もちろん、議会からも批判はありましたし、面白くないと思っている人もいるかもしれません。ただ、私としては、批判が出るようなことにトライし始めたんだなと、肯定的に捉えるようにしています。なぜなら、町が持続可能になるためには、新しいことにどんどんチャレンジする必要があるからです。

さらに多くの漏れバケツの穴をふさぐために

──いくつもの職を兼任されてお忙しいなか、産業連関表から着想を得て新しい事業を始められました。やって良かったことはありますか?

純粋に人生が楽しくなったことが一番ですよね。あとは、新しい出会いがあったこと。この会社やこの事業をやっていなかったら絶対に生まれなかった関係性ですし、むしろ新たな出会いをするために新規事業をやっているんだと私は思っています。

──具体的にはどのような出会いがありましたか?

交交を設立したことによって、隠岐島前高校で授業をさせていただく機会がありました。「高校だけでもこれだけの電力が漏れているんだよ。これを高校生がもし止められれば、毎年の生徒会予算がこれぐらい増えるかもしれないね」という話をしたら、2人の生徒が「会社をつくりたい」と立ち上がってくれたんです。

そうはいっても、高校生に資金を貸してくれる金融機関は、おそらくありません。そこで、社内ベンチャーのようなかたちで、交交に「高校生事業部」を新設しました。島根県の教育委員会と交渉をするなど、隠岐島前高校に太陽光パネルを設置する準備を着々と進めています。

──一口に電力事業と言っても売電だけではないわけですね。

そのとおりです。先ほども述べたように、電力に関するバケツの穴は3%ほどしかふさがっていないのが現状です。これを100%に近づけるためには、交交の事業を1人でも多くの町民に知ってもらうことで、海士町のために何かしたいという人を増やしていく必要があります。また、持続可能なまちづくりの側面から見ると、単なる雇用創出ではなく、若い世代にとって魅力ある就労の場をつくることも重要です。その一環として力を入れているのが、高校生事業部の新設であり、動く蓄電池構想です。

──動く蓄電池構想とは具体的にどのような構想でしょうか?

今回の能登半島地震では、道路が通行できなくなるなどして、孤立状態になる地域が相次ぎました。これは離島に暮らす私たちにとって決して対岸の火事ではありません。太陽光パネルの設置が進めば、災害時における避難所の電力確保にも貢献できます。もっと言うと、海士町に電気自動車が増えれば、それだけでも相当量の電気を賄うことができるわけです。現在、ガソリンスタンド各社と弊社とで協議会をつくって、toB向けの電気自動車のリース事業を開始する予定です。

──最後に、これから目指していくことを教えてください。

実は、妻が町に唯一のパン屋さんが廃業するかもしれないという噂を聞いて金曜日と土曜日にベイクショップを開くようになりました。これは、電力とはまた別のバケツの穴をふさごうとするための取り組みです(結果的にパン屋さんに後継者が現れ、町にパン屋が2つになりました!)。このように海士町では新しいことに挑戦し、(仮に自覚的でないにせよ)バケツの穴をふさごうとする人たちが徐々にですが増えています。

そこで私たちが、これらの新しい挑戦を行う人たちをサポートし、伴走支援ができないかと模索しているところです。「いつかできたらいいな」ではなく、「絶対にやってみせる」という強い思いと熱い情熱で、産業連関表をうまく利用しながら海士町の将来を見据えた持続可能なまちづくりに貢献していきたいと考えています。

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