海上輸送のLCAと荷主のScope3はどうつながる?SSBJ義務化を見据えた排出量データ連携について分かりやすく解説
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こんにちは!
LCAコンサルタントの小野あかりです。
海運会社が選ぶ燃料が、荷主企業の温室効果ガス(GHG)排出量に影響する
——そうした構造が、明確になってきました。
サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の開示基準が日本でも段階的に義務化される予定となり、海運のライフサイクルアセスメント(LCA)データと、荷主企業のScope 3(サプライチェーン全体の排出量)が、一本の線でつながり始めています。
これまで「運んでくれる船会社の話」と受け止められがちだった海運の脱炭素は、いまや荷主企業にとっても自社の開示数値を左右する経営テーマになりました。
逆に海運会社にとっては、正確なLCAデータを示せるかどうかが、荷主から選ばれるための重要な判断材料になりつつあります。
この記事では、なぜ海運LCAと荷主のScope 3がつながるのか、SSBJ義務化で何が変わるのか、そしてデータ連携を支える仕組みのいまを、図表を交えながら基礎から整理します。
専門用語もひとつずつ噛みくだいて説明しますので、ぜひ最後までお付き合いください。
📖 この記事は「海運×脱炭素」シリーズの続編です
前編はこちら
目次
1.なぜ海運の排出量が荷主のScope3に関係するのか?
結論からお伝えすると、海運の排出量は、荷主企業にとって「Scope 3」という形で自社の開示対象になるからです。
Scope 3とは、自社が直接排出していないものの、サプライチェーン全体で発生する排出量のことです。
原材料の調達から製品の輸送、廃棄まで幅広く含まれ、15のカテゴリに分かれています。
製品を船で運んでもらう荷主企業にとって、海上輸送で生じる排出は、このうちカテゴリ4(輸送・配送(上流))やカテゴリ9(輸送・配送(下流))に該当します。
ここで重要なのが、IMOのLCAガイドラインやEUのFuelEU Maritimeをはじめとする規制が、排出量の評価方法をウェル・トゥ・ウェイク(Well-to-Wake、WtW)へと切り替えた点です。
WtWは、燃料の原料採取から生産・輸送、そして船上での燃焼までのライフサイクル全体を対象とする考え方です。
これにより、船会社が「どの燃料を、どんな製法で調達したか」が、そのまま荷主のScope 3の数値に反映される構造ができあがりました。
つまり、海運会社のLCAデータの精度が、荷主の開示数値の精度を大きく左右する
——両者は密接につながったのです。
IMOとEU、それぞれの規制の違いについては、関連記事「【2025年最新】IMO vs EU:海運の環境規制は何がどう違う?」でくわしく解説しています。
2.SSBJ義務化はいつから始まる?
この「データ連携」を日本国内で具体的に進めるのが、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)が定める開示基準です。
SSBJは2025年3月に、サステナビリティ情報の開示基準(サステナビリティ開示ユニバーサル基準・一般開示基準・気候関連開示基準)を公表しました。
これは国際的な基準であるISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の基準と整合する、いわば「日本版のサステナビリティ開示ルール」です。
注目すべきは、その段階的な適用開始が想定されている点です。金融庁の資料によると、適用スケジュールは以下のように予定されています。
対象企業(プライム上場) | 義務化が始まる会計期間(予定) |
時価総額3兆円以上 | 2027年3月期 |
時価総額1兆円以上3兆円未満 | 2028年3月期 |
時価総額5,000億円以上1兆円未満 | 2029年3月期 |
出典:金融庁「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」資料(2025年10月)
日本の海運大手や、グローバルに展開する荷主企業の多くは、この対象に含まれます。
そしてSSBJ基準では、Scope 1・2だけでなくScope 3の開示も求められます。
当初の保証範囲はScope 1・2が中心とされていますが、国際的な動向を踏まえ、Scope 3や保証範囲の拡大が今後検討されると言われています。
Scope 3は推計を伴うため、不確実性が避けられません。
そのため、SSBJ基準の導入にあたっては、誠実に算定した結果については虚偽記載の責任を限定する「セーフハーバー(免責条項)」の整備も、ガイドライン改正とあわせて議論されています。
海運のような算定が難しい領域こそ、この論点が重要になります。
3.海運の排出量はどう算定する?
では、海運の排出量は具体的にどう測るのでしょうか。鍵となる用語を整理します。
まずウェル・トゥ・ウェイク(WtW)は、先述のとおりライフサイクル全体を見る考え方です。これは大きく2つの段階に分けられます。
段階 | 評価する範囲 |
ウェル・トゥ・タンク (Well-to-Tank、WtT) | 燃料の原料採取・生産・輸送 (船に積み込むまで) |
タンク・トゥ・ウェイク (Tank-to-Wake、TtW) | 船上での燃料の使用・燃焼 |
WtW(=WtT+TtW) | 上記を合計したライフサイクル全体 |
このWtWの排出量を、エネルギー単位あたりで表したものがGFI(GHG Fuel Intensity:温室効果ガス燃料強度、gCO2eq/MJ)です。
GFIは、IMOが導入を進めるネットゼロ・フレームワークの中心的な指標になっています。ただし、ネットゼロ・フレームワークそのものは正式採択には至っておらず、現在も採択待ちの段階にあります。
そして、燃料ごとのWtW排出量を評価するための国際的なものさしが、IMOが整備を進めるLCAガイドライン(2024年版)です。
このガイドラインでは、燃料ごとに「デフォルト値(標準的な排出係数)」が定められる一方、自社の燃料がそれより低排出であることを証明できれば「実測値」を申請できる仕組みになっています。
ここがLCAデータ連携の肝です。
デフォルト値のままでは「平均的な数字」しか示せませんが、実測値を使えば、自社の燃料調達の努力を正当に数値へ反映できます。
荷主に対して「他社より低炭素な輸送です」と説明したいなら、実測値を示せる体制が評価される要因のひとつになりつつあります。
4.LNGのメタン・スリップはなぜScope3算定で重要なのか?
WtWで評価するようになると、これまで見えづらかったリスクが表面化します。
その代表が、LNG(液化天然ガス)燃料のメタン・スリップです。
メタン・スリップとは、LNGがエンジン内で燃焼しきれず、未燃焼のメタン(CH4)のまま大気中へ漏れ出てしまう現象を指します。
LNGは重油に比べてCO2排出が少ないため「移行期の燃料」として広く使われてきましたが、漏れ出たメタンには見過ごせない問題があります。
メタンは、同じ量のCO2と比べてはるかに強い温室効果を持つのです。
温室効果ガス | 地球温暖化係数(CO2を1とした場合) |
二酸化炭素(CO2) | 1 |
メタン(CH4) | 28 |
一酸化二窒素(N2O) | 265 |
出典:Normec Verifavia「EU ETS 2026」解説資料 ※数値はIPCC第5次評価報告書(AR5)の100年地球温暖化係数(GWP100)
メタンが数パーセント漏れるだけでも、LNGの気候上のメリットが大きく目減りしてしまう可能性があると言われています。
さらに2026年からは、EUの排出量取引制度(EU ETS)の段階的な引き上げ(2024年40%・2025年70%)が完了し、対象となる排出量について全量分の排出枠の提出が求められるようになりました。
対象ガスもCO2だけでなくメタンと一酸化二窒素(N2O)まで拡大されました。
つまり、漏れ出たメタン分も炭素コストの支払い対象になるということです。
ここでも効いてくるのが「実測値」です。
エンジンの実際のメタン・スリップを計測して示せれば、実態に近い排出量評価につながる可能性があります。
LNG燃料船を使う場合こそ、正確なLCAデータが、荷主への説明責任とコスト管理の両面で重要になります。
IMOの排出量取引の枠組みそのものについては、関連記事「IMO、国際海運に『排出量取引制度』導入へ」もあわせてご覧ください。
5.荷主企業が海運の脱炭素を動かす?
最後に、データ連携を前へ進めている「荷主主導の動き」を見ていきましょう。
海運の脱炭素は、低炭素燃料のコストの高さと供給インフラの不足という壁に直面しています。
IMOは2030年までに、国際海運で使うエネルギーに占めるゼロ・ニアゼロ・エミッション燃料等の割合を5%以上(10%を目指す)へ高める目標を掲げていますが、世界の代替燃料対応船は、発注済みを含めても船腹トン数ベースで2.1%にとどまります。
とはいえ、2025年の代替燃料対応船の新規発注は590隻(4,550万GT)に達しており、移行の動き自体は着実に進んでいます。
この移行を需要側から後押しするのが、荷主企業の連合体です。
代表例がZEMBA(ゼロエミッション海運バイヤーズアライアンス)で、AmazonやIKEAといった大手荷主が参加しています。
ZEMBAはe-メタノールやe-アンモニアといったe燃料の大規模入札を実施し、2027年から3年間の運用で約12万トンのGHG削減を見込んでいます。
e-メタノールやe-アンモニアは、従来燃料に比べてライフサイクルベースで少なくとも90%の炭素強度削減が見込まれる燃料です。
ここで使われているのがブック&クレーム(Book and Claim)という仕組みです。
これは、低炭素燃料の環境価値を、燃料が物理的に供給された場所や船から切り離し、証書として取引できるようにする方法です。
荷主は、自社の貨物を運んだ船が実際に低炭素燃料を使っていなくても、環境価値の割り当てを受けることで、Scope 3削減に反映できます。荷主の「支払う意思」を初期需要に変える、いわばバイヤーズ・シグナルの役割を果たしています。
そして、こうした取引を支えるのが正確なデータです。
燃料の種類・原料・製造プロセス・排出係数・持続可能性情報といったLCA情報を共通フォーマットで追跡するFLL(Fuel Lifecycle Label:燃料ライフサイクルラベル)の整備も進んでいます。
FLLのような共通基盤こそが、海運会社から荷主への正確なデータ提供を可能にする土台になります。
ちなみに、燃料の切り替えだけでなく、風力補助推進システム(WAPS)のような「燃料以外の対策」も排出削減に貢献します(一般に5〜15%、最大30%の燃料節約)。
この点は関連記事でくわしく扱っています。
6.おわりに
海運LCAと荷主のScope 3は、もはや別々の話ではありません。
本記事のポイントを振り返ります。
IMO・EUの規制がWtW評価に移行したことで、海運会社の燃料選択が荷主のScope 3に直結するようになった
日本でもSSBJ基準の義務化が2027年3月期から段階的に始まり、Scope 3の開示が求められる
WtW・GFI・LCAガイドラインが算定の共通言語であり、「実測値」を示せるかが差別化につながる
LNGのメタン・スリップなど、WtWだからこそ見えてくる新たなコストリスクがある
ZEMBAのブック&クレームやFLLなど、荷主と海運をつなぐデータ連携の基盤づくりが進んでいる
私たちGreenGuardianでは、LCA(ライフサイクルアセスメント)をベースにしたサポートや、現場目線でのコンサルティングを通じて、脱炭素やサステナビリティ対応をお手伝いしています。「何から手をつけたらいいか分からない」という方も大歓迎です。気軽に話せる【LCAまわりの"コンサル"】として、お困りごとを一緒に整理するところから伴走します。ご相談はいつでもお気軽にどうぞ!

参考文献・情報源
本記事は、以下の公的機関・国際機関・業界団体等が公表する資料を参考に作成しています(いずれも2026年5月閲覧)。
1. 金融庁「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」事務局説明資料(2025年10月30日)
1. サステナビリティ基準委員会(SSBJ)「サステナビリティ開示基準の公表」(2025年3月5日)
2. International Maritime Organization(IMO)「The IMO Net-Zero Framework - FAQs」
3. DNV「IMO MEPC 84: Revisiting the net-zero framework」(2026年)
4. Mærsk Mc-Kinney Møller Center for Zero Carbon Shipping「Countdown: How the IMO LCA Guidelines work in the NZF」
5. European Commission「The Commission welcomes outcome of the IMO 84th Marine Environment Protection Committee」(2026年5月4日)
6. DNV「Understanding EU ETS - Emissions Trading System」
7. Normec Verifavia「EU ETS 2026: What Operators Need to Know About Full Compliance and Rising Costs」
8. DNV「FuelEU Maritime – flexibility mechanisms and pool verification」(2025年)
9. Zero Emission Maritime Buyers Alliance(ZEMBA)「ZEMBA Announces Winners of Highly Anticipated E-Fuel Tender」
10. Lloyd's Register「Alternative-fuelled ship orders remain significant in 2025」
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