top of page
LCA・環境なら株式会社Green Guardian

コラム・お役立ち情報

【徹底解説】EU海運業界における脱炭素化の全貌を知る!2050年ネットゼロに向けた課題と展望

  • 執筆者の写真: o a.
    o a.
  • 9月16日
  • 読了時間: 22分

こんにちは。

LCAコンサルタントの小野あかりです!


これまで複数回にわたりコラムで紹介をしてきた"海運業界の脱炭素"ですが、今回はEU(欧州連合)の動きに着目した解説を行っていきたいと思います。


IMOとは別に独自で規制を設けるなど、先進的に動いている印象を持ちますが、

◆そもそも何故そこまで積極的に動いているのか?

◆IMOとの関係はどのようになっているのか?

◆2030年、2050年に向けて、今後はどのように動いていくのか?

といった部分について解説をしていきたいと思いますので、どうぞ最後までお付き合いください。



目次



1.EUが脱炭素に舵を切った社会的背景

EUでは近年、海運業界のサステナビリティ(持続可能性)が気候変動対策上の重要課題として強調されるようになりました。

その背景には、国際海運からの温室効果ガス排出が世界全体の約3%に達し、今後対策が取られなければ2050年までに世界の総排出量の5〜8%にまで増加する恐れがあることがあります。

2018年時点で国際海運由来のCO2排出量は約10億トンに達し、これは人類活動による全排出量の2.9%に相当しました。

EU域内に限っても、海運はEU全体の3〜4%(2021年で約1億2400万トン)のCO2排出源となっており、自動車など他部門と同程度の多大な排出を占めています。

こうした排出規模を放置すれば、パリ協定で掲げた「産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑える」という目標達成が危うくなるとの危機感が広がりました。


EUは世界に先駆けて2050年までの気候中立(ネットゼロ)実現を掲げ、2030年までに温室効果ガス排出を少なくとも55%削減することを法的目標としました(欧州気候法)。

この野心的目標を達成するための包括戦略が欧州グリーンディール(European Green Deal)であり、その一環として2021年に発表された「Fit for 55」法案パッケージがあります。

Fit for 55は2030年に向けたEUの気候対策強化策で、排出量取引制度(ETS)の拡充や再生可能エネルギー拡大など複数の法案を含んでいます。その中で海運分野は従来規制の空白地帯でしたが、このパッケージにより初めてEU域内で本格的な排出規制の対象となりました。

具体的には、EU ETS(後述)の海運適用やFuelEU Maritime規則の制定、港湾での陸上電力供給設備の義務化(Alternative Fuels Infrastructure規則の改正)などが打ち出され、海運部門の脱炭素化がEU政策の重要な柱に位置付けられました。


EUが海運のサステナビリティを重視する社会的背景には、気候変動への強い危機意識に加え、産業競争力の観点もあります。

欧州委員会はグリーンディールを「単なる気候対策に留まらない、欧州産業の成長戦略」と位置付けており、環境規制の強化によってエコシップ(環境配慮型船舶)や代替燃料市場への投資を促し、欧州企業が先行者利益を得る狙いもあります。

また市民社会や荷主企業からの圧力も無視できません。

多国籍企業の間では自社のサプライチェーン排出を削減する動きが強まっており、輸送の脱炭素化はビジネス上の要請となりつつあります。

そのため、海運企業にとっても「環境対応=顧客ニーズへの対応」という側面が生まれ、規制強化を見据えた戦略転換が求められる社会情勢となっています。



2.IMO(国際海事機関)との関係

海運は国際的な産業であり、本来その温室効果ガス削減は国連の専門機関であるIMO(国際海事機関)の枠組みで進められるべきだという考えもあります。

実際、IMOは世界共通ルールとしてMARPOL条約附則で燃料油中の硫黄分規制を導入したり、エネルギー効率指標(EEDI)や燃費管理(SEEMP)を義務化するなど、環境規制策を講じてきました。

温暖化ガスについても2018年に初のGHG削減戦略を採択し、2030年までに炭素強度(輸送量あたり排出量)を40%改善、2050年までに総排出量を50%削減する目標を掲げていました。

しかし当時の目標水準はパリ協定の「1.5℃目標」に照らし不十分と批判され、欧州委員会や欧州議会は「IMOの動きが遅い場合、EU独自措置も辞さない」との姿勢を示してきました。


しかし、この緊張関係は近年少し変化しています。

EUは独自規制を進める一方でIMOでの国際合意形成にも注力し、両輪戦略を取っています。例えばEUは2015年に域内で船舶の排出情報を集めるMRV規則Regulation (EU) 2015/757を制定しましたが、その直後にIMOも2016年に燃料消費データ収集制度(DCS)を創設しました。

EUはIMO-DCSとの重複を避けるためMRV規則を一部改正しデータ提出の簡素化を図るなど、整合性にも配慮しています。

また欧州委員会は各国の能力構築支援として、IMOと協力して発展途上国の排出削減対策を支援するための資金拠出(1000万ユーロ規模)も行っています。

こうした協調姿勢からは、「最終的にはグローバルな規則に収斂させたい」というEUの意図が読み取れます。


もっとも、具体的規制策ではEUとIMOでアプローチの違いもあります。

例えば燃料の温暖化強度規制を見ると、EUのFuelEU Maritime規則はEU港湾に寄港する全ての大型船舶に対し「使用エネルギー当たりのGHG排出強度」を2025年以降段階的に引き下げる強制措置です。

一方、IMOでは2023年から運航炭素強度指標(CII)の格付け制度を導入しましたが、現状では各船社の努力目標的な要素が強く、実効性に課題があります。

こうした中、IMOは2023年7月に温室効果ガス削減戦略を改定し、2050年頃までにネットゼロ達成を目指す高い目標を打ち出しました。

併せて2030年に少なくともGHG20%削減(可能なら30%)、2040年に少なくとも70%削減(可能なら80%)といった中間指標も設定され、民間のゼロエミッション燃料普及率も2030年までに5%(努力目標10%)という数値目標が明記されました。

これらは従来より踏み込んだ内容で、EUを含む気候先進国の強い働きかけが反映された結果です。


さらにIMOはGHG排出量取引的な制度(マーケットメカニズム)の導入にも動き出しました。

2025年までに燃料のGHG排出強度を段階的に引き下げる世界標準(燃料基準)と、排出超過分に課金するグローバル炭素価格制度を策定する方針が合意されています。

具体案としては、燃料のGHG排出強度に応じて船舶に「排出単位」を配分し、基準よりクリーンな運航をした船は余剰分を取引・繰越できる世界的な炭素市場(いわゆるNet-Zero Fund構想)が議論されています。

この点、EUのFuelEU Maritime規則には排出超過時の罰金制度(後述)はありますが、基準未達成を下回る場合でもクレジット取引のような報奨措置はありません。

EUは「グローバルな措置が発効した暁には地域規制を見直す」という姿勢も示しており、FuelEU Maritime規則にはサンセット条項(失効条項)として「IMOで同等の規制が実施された場合、委員会が本規則の廃止を提案できる」と明記されています。

ただし実際に廃止するにはEU議会・理事会での立法手続きが必要なため、すぐにEU規制が撤回されるわけではありません。

要するに、EUは独自措置で先行しつつIMOにも揺さぶりをかけ、グローバル合意が整えば自ら歩調を合わせるという戦略と言えます。


全体として、EUとIMOの関係は「協調と先行」の両面があります。

EU域内規制は国際規制を補完・強化する役割を果たし、IMOでの議論を加速させる効果を生んできました。

実際、EUのFit for 55で海運への包括的規制が打ち出されたことが、IMOの戦略見直しや新規策検討の重要な呼び水となったとの分析もあります。

もっとも海運業界からは「EU規制は全世界の排出の15%程度しか直接カバーしない。真の解決にはIMOの世界規模措置が不可欠」との指摘もあります。

このためIMOの今後の具体策(炭素課金制度など)の行方によっては、EU規制との重複や整合性の課題が生じる可能性があります。

今後数年は、EUが先行する地域規制とIMO主導の国際規制が並走する移行期と言え、船主や荷主は双方の動向に注意を払う必要があります。



3.現在の規制状況(EU域内)

EUでは上述の政策背景を受け、海運の排出削減に関する新たな法制度が2020年代前半に相次いで成立・施行されています。

主要な制度として、EUの排出量取引制度(EU ETS)への海運分野の組み込み、船舶燃料の脱炭素化を促すFuelEU Maritime規則、そして排出量データ報告を義務付けるMRV規則(改正)が挙げられます。それぞれの制度の導入時期、対象範囲、内容と影響について詳しく解説します。


● EU ETS(海運分野への拡大):

2023年に改正EU ETS指令が採択され、2024年1月より海運分野がEU ETSの適用対象に組み込まれました。

具体的には、総トン数5,000トン以上の大型船舶がEU域内の港湾に入出港する際、その航行で発生したCO2排出に対して排出枠(EU Allowances)の保有・償却が義務付けられます。

当初はCO2のみが対象ですが、2026年からメタン(CH4)と一酸化二窒素(N2O)も追加される予定です。

この制度により、船会社は化石燃料燃焼によるCO2排出コストを経済的に負担することになり、排出量1トン当たりのカーボンプライス(EU ETS市場価格)に相当するコストが発生します。


もっとも、突然の全面適用による混乱を避けるため段階的な導入措置が設けられました。2024年に排出した対象航路の排出量に対しては40%分の排出枠を差し出せば良く、2025年の排出については70%、2026年以降は100%と漸増させる移行期間が設定されています。

例えば2024年の航行で1万トンのCO2を排出した船会社は、その40%に当たる4,000トン分の排出枠を2025年9月までに提出すればよい計算です。

初回の排出枠提出期限は2025年9月と定められており、各加盟国の管轄当局が監督を行います。


海運分野の排出枠は他部門と共通のEU ETSキャップ(総量上限)に含まれ、毎年上限が引き下げられる仕組みです。

これにより徐々に利用可能な排出枠が減少し、化石燃料利用よりも省エネ投資や代替燃料への転換が経済的に有利になるインセンティブが働きます。

実際、欧州委員会は「排出量に価格をつけることでエネルギー効率化や低炭素ソリューション、代替燃料への転換を促す」としています。

なお船舶が購入した排出枠の費用は最終的に運賃やチャーター料に転嫁されると見込まれ、荷主にも間接的な影響が及ぶ可能性があります。既に一部の海運会社は「EU ETSサーチャージ(追加料金)」を導入し、排出枠コストを運賃とは別建てで請求し始めています。


● FuelEU Maritime規則:

こちらは燃料の側面から海運の脱炭素化を図る新規則で、2025年1月から施行されています。

EU域内港に寄港する全ての大型船(総トン数5,000以上)が対象で、「Well-to-Wake(燃料の生産から燃焼まで)で見た温室効果ガス排出強度」を徐々に引き下げることを義務付けるものです。

基準年は2020年で、まず2025年に当該基準値から2%削減、2030年に6%削減、2035年に14.5%削減、2040年には31%削減、最終的に2050年には80%削減という厳しい目標値が段階設定されています。

各船舶は毎年、自ら使用した燃料の量・種類からGHG排出強度を計算し、基準を満たすことが求められます。もし基準を超過する場合には罰金が科され、その額は不足分1トン当たり2,400ユーロと定められています。

これは仮に基準未達により100トン分超過排出した場合、24万ユーロの罰金支払いとなる計算です。

燃料価格や利用可能量によっては罰金を支払った方が安上がりになるケースも考えられますが、規則上この罰金収入は「海運の脱炭素化プロジェクト」に充当されることになっており、産業界に再投資される仕組みです。

EUはこうしたペナルティ収入の透明な活用を通じて、持続可能燃料の大規模供給や技術開発を後押しする方針です。


FuelEU Maritime規則にはその他の特徴的な条項があります。

まず、革新的なクリーン燃料を優遇するRFNBOインセンティブ(再生可能非生物由来燃料=電気由来の水素燃料などへの特例)があります。

具体的には将来的にグリーンアンモニアやe-メタノール(再エネ由来の合成メタノール)など脱炭素効果の高い燃料を使用した場合、達成扱いとして加点する措置が設けられる見通しです。

またプーリング制度といって、同一企業内または提携する複数船舶で排出実績を相殺・グルーピングできる仕組みも認められます。

例えばある新造船が基準を大幅クリアした余剰分を、別の従来船の不足分と相殺して艦隊全体で基準達成とみなすことが可能です。

これにより船舶ごとの硬直的な規制よりも柔軟性を持たせ、船主が新旧船を組み合わせて全体の排出を管理しやすくしています。


さらに港湾での排出削減も盛り込まれました。

2025年から旅客船・コンテナ船に対して停泊中の発電には極力岸壁からの陸上電力を利用する努力義務が課され、2030年以降は主要港湾での陸上電源利用が義務化されます。

これにより港湾都市で問題となる大気汚染物質の排出(SOxやNOx、微粒子など)削減にも繋げる狙いです。

実際、FuelEU Maritime規則と並行してEUは陸上電力設備の整備を各国に義務付ける代替燃料インフラ規則(AFIR)も策定しており、2030年までに主要港の岸壁電源供給網を整える計画です。

このようにFuelEU Maritime規則は単独の法律というより、他の関連施策と連動して海運業界の需要面・供給面双方に変革を促す包括的な制度設計となっています。


● MRV規則(Monitoring, Reporting, Verification):

こちらはEU ETSやFuelEUの前提となるデータ収集に関する規則です。

EUは2015年に海運MRV規則(Regulation (EU) 2015/757)を制定し、2018年1月以降EU加盟国・EEA(欧州経済領域)の港で貨物や乗客の積み下ろしを行う5000総トン以上の船舶に対し、航海ごとの燃料消費量とCO2排出量などをモニタリング・年次報告することを義務付けました。

このMRV制度はまずデータを透明化することで業界に削減努力を促す「ソフトな規制」として始まりましたが、当初より「将来的に経済的措置(排出取引制度など)を導入する際の基盤となる」ことが想定されていました。

実際、2024年からのEU ETS本格稼働に備え、2023年にMRV規則の改正が行われています。

改正により報告テンプレートや検証手続きがアップデートされ、またIMOのDCS制度との重複を減らすための調整が入りました。

さらに2024年からは報告対象ガスにメタン(CH4)と一酸化二窒素(N2O)も追加され、より包括的なGHGデータ収集が行われます。

MRVで集積されたデータはEU ETSの計算根拠となるほか、EUが海運政策をレビューし必要に応じて制度改定する際のエビデンスとしても活用されます。

例えばEU ETS改正指令には「IMOで重要な動きがあれば見直す」旨の条項がありますが、その判断にもMRVデータが役立つでしょう。


以上のように、EUでは「価格付け(EU ETS)」と「燃料基準(FuelEU Maritime)」と「情報開示(MRV)」の3本柱で海運部門の脱炭素を推進しています。

これらはいずれも2020年代半ばにかけて段階的に実施される新しい制度であり、欧州発着の海運ビジネスに大きな影響を与えています。特にEU ETSとFuelEU規則の組み合わせは、排出量そのものの削減努力だけでなく燃料転換への直接的なプレッシャーとなっています。


たとえば従来の重油のままでは「排出枠購入+罰金」の二重コストが発生するため、船舶オペレーターは経済合理性からLNG燃料やバイオ燃料、将来的にはアンモニア・メタノールといったゼロエミッション燃料への切り替えを検討せざるを得なくなります。

また、荷主企業も輸送コスト上昇を意識してサプライチェーン戦略を調整する可能性があります(例: 炭素コスト回避のため航路変更や近距離生産へのシフト検討など)。

EUの制度強化は海運業界全体に低炭素化のインセンティブを与え、技術開発や燃料供給インフラの整備を加速する効果が期待されています。



4.規制に対するEU各企業の対応状況

EUの規制強化と気候目標に対応して、欧州の大手海運企業は積極的な脱炭素戦略を打ち出し始めています。

以下では、欧州の主要船社(例:Maersk、MSC、Hapag-Lloyd)の取り組みを具体的に紹介します。

それぞれの企業が代替燃料の導入、船舶設計の工夫、カーボンニュートラル実現に向けどのような戦略をとっているか見てみましょう。


モラー・マースクは、世界で初めてメタノールとディーゼルの両方に対応する新型のデュアルフューエル船(Laura Mærskなど)を投入し、2023年から商業運航を開始しています。

同社は 2040年までに温室効果ガス実質ゼロ(net‑zero) を達成する目標を掲げており、その一環として新造船の注文や燃料供給契約を拡大しています。

また、2024年末に中国・韓国の造船所と契約した dual‑fuel 新造船 20隻(積載能力約300,000 TEU)の導入が予定されており、これらは従来燃料と併用可能なエンジンを備えるほか、グリーンメタノールや代替燃料への対応を念頭に置いた設計がなされています。


MSC

スイス・ジュネーブに本社を置く世界最大級の海運会社MSCは、2050年までに温室効果ガス排出の実質ゼロ(ネットゼロ)を達成することを公式目標として掲げています。

同社は「単一の解決策ではなく複数の燃料オプションを組み合わせる必要がある」としており、新造船・改造・艦隊更新を通じて複数燃料対応(マルチフューエル。LNGやバイオ燃料など、複数種の燃料に対応できる仕様)の設計を積極的に取り入れています。

例えば、MSC は 2023年に Lloyd’s Register、SDARI(Shanghai Merchant Ship Design & Research Institute)、MAN Energy Solutions との間で、8200 TEU コンテナ船の設計を対象とした アンモニア・デュアルフュール燃料の技術仕様を共同開発する覚書(MOU)を締結しており、将来的にゼロエミッション燃料として注目されるアンモニアを活用可能な設計の実現を目指しています。

また、LNG デュアル燃料対応の新造船が多数あり、改造や設計の段階から、バイオ燃料、e-メタノール、合成ディーゼル、アンモニアなどの将来燃料に対応できるオプションを組み込んでいます。


ハパック ロイド(Hapag-Lloyd)はドイツの大手海運企業で、2045年までにネットゼロ達成を目標としています。

同社はLNG燃料とバイオ燃料の併用戦略を打ち出しており、まず既存大型コンテナ船のLNG燃料への改造に成功しました。

旗艦船舶「ブリュッセル エクスプレス」は元々重油専焼だったものを改造してLNG二元燃料船(デュアルフューエル船)とし、CO2排出量を大幅に削減できるとされています。

LNGは硫黄酸化物や粒子状物質の排出も大幅に減らせるため環境規制適合のメリットがあり、同社は燃料転換を通じて競争力を維持しようとしています。

またバイオ燃料の活用にも積極的で、2022年から使用済み食用油由来のバイオディーゼル(FAME)燃料を一部航路で試験導入しました。

結果、2023年には自社運航船の数十隻にバイオ燃料ブレンドを使用し、大幅なGHG排出削減効果を確認したとも言われています。

顧客向けには「Ship Green」プログラムを開始し、荷主が追加料金を支払えば輸送航路の25%、50%、100%をカーボンニュートラル燃料で運ぶオプションを提供しています。

この取り組みにより、同社は環境配慮型の物流を求める荷主ニーズに応えるとともに、自社のScope3削減にも寄与しようとしています。



5.今後の予測と展望

●欧州規制の進化と拡大:

今後、EUの海運規制はさらなる強化・拡大が検討される見込みです。

まず、EU ETSについては既に2030年に向けた全経済の排出目標達成のためキャップの年率縮小(年ごとに許容排出量(排出枠)が減少する仕組みで、価格上昇を促す要因となっています)が織り込まれており、排出枠価格の上昇が予想されます。

実際、専門家予測では2027年頃までにEU ETSの炭素価格は1トン当たり90ユーロ台に達するとされており、海運会社が負担するコストも拡大していくでしょう。

また適用範囲についても、現行は5000総トン以上が対象ですが、将来的にこれ未満の船舶(フィーダーや小型フェリー等)への適用検討が進む可能性があります。


FuelEU Maritime規則については、すでに2040年や2050年の目標値が定められているものの、中間段階での規制値見直しがありえます。

例えば2030年時点の6%削減(努力)目標はIMO戦略上の5%目標と比較して若干高い水準ですが、技術進歩や燃料供給の状況次第ではさらなる上方修正も議論されるでしょう。

EUは2028年頃にFit for 55全体のレビューを予定しており、その際に各規則の達成状況を評価し、目標値の強化や制度の穴(抜け道)を塞ぐ修正を行う可能性があります。


また、IMOのグローバル規制との調和も焦点となります。

2025年のIMO会合で具体化されるであろう国際的な燃料GHG強度基準や炭素課金制度が、EUのFuelEUやETSとどう整合するかが課題です。

理想的にはIMOで世界共通の炭素価格が導入されればEU ETSの海運部分は不要となり代替される形になりますが、各国合意の水準がEUより大幅に緩い場合、EUは単独措置を維持する可能性があります。

今後数年は「二重規制」の回避と効果最大化のバランスが難しい局面となりそうです。

EUとしては自らの規制をIMOの雛形・試験台とすることもいとわず、必要に応じて自国内法を柔軟に調整しつつ、将来的な国際ルールへの収斂を視野に入れた対応を模索していくと見られます。


●2030年に向けたロードマップ:

2030年はEUにとって55%削減目標の達成年であり、海運も例外ではありません。

FuelEU Maritime規則は2030年に-6%、2035年に-14.5%と段階目標を掲げていますが、これらは実現可能性のある最低ラインと位置付けられています。


実際、前述のようにデンマークのモラー・マースク社やドイツのハパック ロイド社など先進企業は2030年までに自社排出を2〜3割削減する計画を持っており、欧州の主要航路ではゼロエミッション燃料による試験航行が常態化している可能性があります。

また2030年頃までに大規模なゼロエミッション船の商業運航も始まる見通しです。

例えば欧州主導の「Getting to Zero Coalition」は2030年までに国際海運エネルギーの少なくとも5%をゼロ排出燃料に転換する必要性を提言しており、EUもこの目標達成を後押ししています。


実現すれば2030年にはアンモニア・水素・e-メタノール(再生可能エネルギー由来の合成燃料)等が一部の船隊で実用化され、海運全体の排出もピークアウトするでしょう。

EUの規制はこの転換を強制力と市場メカニズムで下支えする役割を果たすはずです。

もっとも技術・燃料供給が遅れた場合には、EUも目標値の調整や柔軟策(例えば代替手段としてのオフセット認証導入など)を検討する可能性があります。

政策当局は定期的なレビュー条項を設け、技術進展と市場状況を見ながら舵取りしていくでしょう。


●2050年展望と世界的影響:

長期的には、2050年の気候中立に向けて海運業界も抜本的な変革を遂げていると予想されます。

EU内では2050年までに事実上すべての欧州寄港船がゼロエミッション燃料もしくは炭素回収技術を備える状態を目指すでしょう。

欧州委員会は、2050年までに水素やアンモニアなどのゼロ炭素燃料への全面的な転換を完了させるシナリオを提示しており、それに伴い既存船の更新も本格化すると見られます。

また、バイオ燃料や合成燃料の大量生産が軌道に乗れば、燃料コストも化石燃料と同等レベルまで低下するかもしれません。


世界的に見ても、欧州の先行規制は他地域に波及効果を及ぼしています。

すでに英国は2026年からUK ETSにおいて海運を適用予定であり、アメリカでもカリフォルニア州を中心に港湾での燃料制限やZEV導入支援の動きが強まっています。

アジアでもシンガポールや韓国が燃料規格の導入を進めており、特に日本は2050年カーボンニュートラル宣言の中で国際海運にも触れていることから、自主行動計画から法的規制への移行もあり得ます。

たとえば燃料のLCA基準やゼロエミッション燃料の認証制度、港湾での燃料供給インフラ設計などが欧州仕様に準拠する形で世界に広がる可能性があります

例えば「欧州基準の燃料を積んでいれば世界中どの港でも歓迎されるが、そうでなければ経済的・物理的に入港しづらい」という状況も考えられます。

そうなれば日本企業を含め、どの国の船会社であっても脱炭素への取り組みが競争上不可欠となります。


●日本企業へのインパクト:

日本の海運企業にとって欧州規制は「他人事」ではなく、自社戦略に直接影響する要素です。

まずコスト面では、欧州航路を持つ船会社はEU ETSの排出枠購入費用やFuelEU罰金のリスクを織り込む必要があります。

結果として運賃上昇につながり、よりクリーンな船で低コスト運航を実現する欧州企業や他地域の先進企業に対し、価格競争力で不利になる可能性もあります。

そのため日本企業も積極的に代替燃料船を導入し、「規制コストを内部化したビジネスモデル」への転換が急務です。

技術面では、日本の造船・海運はこれまで培った省エネ技術(エンジン効率改善や空力付加装置等)をさらに深化させるとともに、欧州企業との提携も鍵となるでしょう。

例えば燃料供給では、欧州のエネルギー企業と日本企業が提携して世界的なアンモニア燃料供給網を築く動きも出ています。

また日欧官民でグリーンシッピング回廊(特定航路でのゼロエミッション実証)を設定する構想も議論されています。

たとえば、東京~ロッテルダム間や横浜~ハンブルク間などを対象に、水素・アンモニア燃料によるゼロエミッション運航の実証や支援インフラの整備が検討されています。

そのためにも、自社だけで完結する戦略から脱し、官民連携・海外企業との共創に舵を切ることが、次の競争優位の鍵となるでしょう



6.おわりに

海運の脱炭素化をめぐる動きは、いまや企業単位の努力だけでなく、国際社会や地域経済圏全体での制度設計に深く関わるテーマとなっています。

EUでは「Fit for 55」パッケージの一環として、船舶分野にも排出権取引制度(EU ETS)が適用されるようになり、CO₂排出がコストとして企業に可視化され始めました。今後はFuelEU Maritimeなど、使用燃料のカーボン強度に応じた制度も本格運用される見込みです。これにより、海運会社は技術選択や航路設計、さらには取引先との契約関係にも新たな視点を取り入れざるを得なくなります。

一方で、IMO(国際海事機関)も世界的な足並みの調整役として存在感を高めています。2023年に改定された温室効果ガス削減戦略では、「2050年頃にネットゼロ達成」「2030年・2040年に中間目標」といった野心的なロードマップが打ち出され、グローバルなルール形成に向けた動きが加速しています。

私たちLCAコンサルタントの立場から見ると、このような国際・地域レベルの制度と企業の技術選択とが複雑に絡み合う構図は、まさに“全体最適”の視点を必要とする領域です。特定の燃料や技術が環境に優しいと言えるのは、その製造・輸送・使用・廃棄までを含めた「ライフサイクル全体」で見たときにどうなのか、という問いに答えられてこそ、です。

「環境に良い」は、単なるラベルではなく、文脈の中で初めて意味を持つ——この考え方を、海運の世界でも共有できるようになったことを、嬉しく思います。

本記事が、制度と技術、そして持続可能な未来との接点を、少しでも身近に感じるきっかけになれば幸いです。


私たちのコラム記事では今後も海運業界の規制動向について適宜発信していきますし、他業種の排出規制状況などについても調査・発信していく予定です。

メルマガ登録をしていただけますと、投稿通知が届くようになりますので宜しければぜひ登録ください(登録無料です)!


また、私たちGreenGuardianでは、LCA(ライフサイクルアセスメント)をベースにしたサポートや、現場目線でのコンサルティングを通じて、脱炭素やサステナビリティ対応をお手伝いしています。

「何から手をつけたらいいか分からない」という方も大歓迎です。気軽に話せる【LCAまわりの“コンサル”】として、お困りごとを一緒に整理するところから伴走します。

ご相談はいつでもお気軽にどうぞ!

社員のプロフィール写真

★ 合わせて読みたい関連記事

1.【徹底解説】海運業界の脱炭素化最前線!2050年ネットゼロに向けた課題と展望


2.IMOの新目標に間に合うか?海運業界の脱炭素は「燃料以外の対策」も急務


3.【2025年最新】IMO vs EU:海運の環境規制は何がどう違う?多くの業界に影響するってほんとう?


4.【IMO、国際海運に「排出量取引制度」導入へ。2027年発効目指すMARPOL条約改正案を承認【GHG・CO2削減】】


5.「Global Risks Report 2025」から読み解く—分断が進む世界と深刻化するリスク


★ 小野雄也の経歴はコチラをクリック


★ お問い合わせはコチラをクリック




※本記事は以下の公的情報に基づいて執筆されています。



コメント


​メールマガジンのご案内

株式会社GreenGuardianでは、ご登録いただいた方にメールマガジンの配信サービスを行っています。
LCA関連の基礎知識、サステナビリティに関わる日本や海外の動向、基準や規制を含めた、

さまざまな情報をメールマガジン形式でお届けします。是非ご登録ください。

登録無料・不定期配信

登録が完了いたしました

AdobeStock_241865141.jpeg

LCA・地域社会活性化・社会価値の見える化なら

プロフェッショナルな担当が御社のお悩みを解決します

お客様の課題解決をサポートします。
お気軽にご相談ください。

\最新の情報をいち早く受け取れます/

登録無料・不定期配信

bottom of page