【IMOネットゼロ枠組みの現在地①】なぜまだ採択されていない?2026年9月の作業部会で決まったこと・先送りされたこと
📚 シリーズ「IMOネットゼロ枠組みの現在地」(全4回)
・第1回:なぜまだ採択されていない? 経緯と9月作業部会の結果 ← 本記事
・第2回:各国は何で対立している? 代替案・UCLの票読み・採択の条件
・第3回:採択されたらいつから?いくら払う? 外航海運事業者への影響
・第4回:燃料・造船・荷主にどう効く? データの流れと12月までの日程
こんにちは!
LCAコンサルタントの小野あかりです。
海運の脱炭素を左右する国際ルール「IMOネットゼロ枠組み(NZF)」の議論が、2026年9月に一つの節目を迎えました。
9月1日から4日にかけて、IMO(国際海事機関)の第22回GHG削減中間会合作業部会(ISWG-GHG 22)がロンドンで開かれたのです。
2025年10月に採択が見送られてから、まもなく1年です。
「交渉はどこまで進んだのか」
「自社にはいつ、どんな影響があるのか」
といった点が気になっている方も多いのではないでしょうか。
ただ、この話題は会合名や略語が多く、情報もあちこちに散らばっています。
そこで本シリーズでは全4回に分けて、詳しさはできるだけ落とさずに、順を追って整理していきます。
第1回の今回は、「なぜまだ採択されていないのか」と「9月の作業部会で何が決まったのか」です。
✅ この記事の3つのポイント
9月の会合は、採択のための臨時会合ではなく、その前段の作業部会です。中断中の臨時会合(MEPC/ES.2)は、MEPC 85での議論を条件に2026年12月4日に再開予定です。
作業部会では改正案への懸念対応の議論が進み、議長は「MEPC 85に出すテキストに向けて作業する真の意欲がある」と総括しました。
一方、実施指針案とLCA(ライフサイクルGHG評価)枠組みの審議は時間切れとなり、11月のISWG-GHG 23へ先送りされました。
目次
0.まず押さえたい用語
略語 | 意味 |
IMO | 国際海事機関。海運の国際ルールを決める国連の専門機関 |
MEPC | 海洋環境保護委員会。IMOで環境ルールを審議・採択する委員会。「MEPC 85」は第85回会合 |
MEPC/ES.2 | MEPCの第2回臨時会合。NZFを採択するため2025年10月に開かれ、現在は「中断」中 |
ISWG-GHG | GHG削減に関する中間会合作業部会。MEPCとMEPCの間に開かれ、論点を詰める場 |
NZF | IMOネットゼロ枠組み(IMO Net-Zero Framework)。MARPOL条約附属書VIの改正案 |
GFI | GHG燃料強度(GHG Fuel Intensity)。船が使う燃料のライフサイクルGHG排出の強さ(単位:gCO₂eq/MJ) |
LCA | ライフサイクルアセスメント。ここでは、燃料の生産から船上での使用までのGHG評価を指します |
1.IMOネットゼロ枠組みは、なぜまだ採択されていないのか?
【結論】
2025年10月の採択審議で加盟国の意見が割れ、審議そのものが採決で「1年間中断」されたためです。
まず、ここまでの流れを時系列で整理します。
時期 | 会合 | 何が起きたか |
2025年4月7日〜11日 | MEPC 83 | 改正案(NZF)が基本合意(承認)される |
2025年10月14日〜17日 | MEPC/ES.2 | 意見が割れ、採択審議を1年間中断することを採決で決定 |
2026年4月27日〜5月1日 | MEPC 84 | 今後の進め方を議論。作業部会の開催と、臨時会合の再開時期を基本合意 |
2026年9月1日〜4日 | ISWG-GHG 22 | 本記事の第2章で解説 |
2026年11月下旬〜12月4日 | ISWG-GHG 23 → MEPC 85 → MEPC/ES.2再開 | 採択に向けた山場(第4回で詳しく整理) |
1-1.2025年4月:改正案が基本合意される
MEPC 83(2025年4月7日〜11日)で、日本が欧州と共同提案した次の2つの制度を含むMARPOL条約改正案が、基本合意(承認)されました。
1. 船舶が使う燃料のGHG強度を規制する制度
2. ゼロエミッション燃料船の導入に経済的インセンティブを与える制度
1-2.2025年10月:採択審議が「1年間中断」に
ところが、採択を予定していた同年10月の臨時会合(MEPC/ES.2)では、加盟国間の意見の隔たりが埋まりませんでした。
国土交通省は、米国等が改正案に強く反対し各国への働きかけ等を行ったこと、その結果、採択のための審議が1年延期になったことを挙げています。
IMOは、この措置を「MEPCは10月14日から17日に会合し、2026年まで1年間、会合を中断(adjourn)することに合意した」と説明しています。
📊 中断を決めた採決の内訳
・中断に賛成57、反対49、棄権21、欠席8(日本海難防止協会ロンドン事務所のレポートによる)
・欧州議会の調査資料も、57か国が中断に賛成、49か国が反対、21か国が棄権したとしています
・UCLによれば、この採決はサウジアラビアが求めたものです
報道では、より踏み込んだ背景も伝えられています。
ジェトロによれば、米国務省は2025年10月10日、NZFについて「IMOの提案を断固として拒否する」との声明を出し、対抗措置としてNZF支持国の船舶に対する入港料金の賦課などを示唆しました。
同じ記事は、英国の海運専門誌「ロイズ・リスト」(2025年10月17日付)を引用し、米国側の対抗措置の発表を受けて、コスト増加への懸念から採択の延期を求める声が相次いだと伝えています。
また、米国のほかサウジアラビア、ロシア、中国などが延期案に賛成したとも報じています。
1-3.2026年4〜5月:MEPC 84で「対話の再開」を確認
中断から約半年後のMEPC 84(2026年4月27日〜5月1日)では、改正案の具体的な修正提案は議論されず、今後の進め方が話し合われました。
主な結果は次のとおりです。
日本は、グローバル規制の早期導入に向けた加盟国間の対話の重要性を指摘し、MEPC 85の前に作業部会(ISWG)を開くことを提案しました。国土交通省によれば、多くの加盟国がこれを支持し、ISWGの開催が合意されました。
あわせて、中断中のMEPC/ES.2を、MEPC 85の直後に再開することが基本合意されました。
UCLによれば、MEPC 84では59か国が「当初合意されたとおりのNZFを、今後の作業の基礎として受け入れられる」とし、臨時会合での中断につながった単純多数を、同程度の差で覆しました。
私は、9月の作業部会を、この再開予定の採択審議に向けた「地ならしの場」と受け止めています。
2.2026年9月の作業部会(ISWG-GHG 22)で何が決まったか?
【結論】
合意に向けた意欲は確認されましたが、実務に直結する議題(実施指針とLCA枠組み)は先送りになりました。
※本章で述べる会合内容は、IMOが公表した会合サマリーによります(2-3の国土交通省資料に基づく部分を除きます)。
2-1.会合の概要
• 会期:2026年9月1日〜4日(ロンドン)
• 議長:Sveinung Oftedal氏(ノルウェー)
• 登録参加者:対面・オンライン合わせて1,200名近く
議題は4つです。それぞれの結果を一覧にすると、次のようになります。
議題 | 内容 | 結果 |
①改正案への懸念対応 | MARPOL条約附属書VI改正案(NZF)への各国の懸念にどう対応するか、各種提案を検討 | 議論が進展。会期間も協議を継続(→2-2) |
②実施指針案 | 中期対策を統一的かつ実効的に実施するための指針案を、さらに検討 | 予備的な意見交換のみ。審議はISWG-GHG 23へ先送り(→2-3) |
③LCA枠組み | IMOライフサイクルGHG評価(LCA)枠組みの発展について、さらに検討 | 時間切れで議題に到達せず。ISWG-GHG 23へ先送り(→2-3) |
④信託基金 | 途上国の会議参加を支える任意拠出の複数ドナー信託基金(Voluntary Multi-Donor Trust Fund)の最新情報 | 2026年は約£220,000の資金不足の見込み(→2-4) |
2-2.進んだこと:「MEPC 85に出すテキスト」への意欲
議題①について、議長は、次回のISWG-GHG会合でさらに具体的な進展を図り、MEPC 85に提示するテキストに向けて作業しようという「真の意欲」がグループ内にあると述べました。
またグループは、関心のある代表団に対して、会期間も協議を続けること、そして早期の採択と実効的な実施を可能にする「収束」を反映した具体的な提案を出すことを促しています。
ただし、これは「修正テキストが固まった」という意味ではありません。
UCLも、ISWG-GHG 22は改正案のテキストを進める会合ではなかったとしたうえで、MEPC 85で合意に至るには、整理・統合された収斂テキストの詳細な起草が必要だと述べています。
私は、テキストの確定作業は次回会合に持ち越されたと読んでいます。
2-3.先送りされたこと:実施指針とLCA枠組み
• 議題②(実施指針案):予備的な意見交換にとどまりました。時間が制約となり、この議題に提出されたすべての文書の審議が、ISWG-GHG 23に先送りされました。
• 議題③(LCA枠組み):時間の制約から議題そのものに到達できませんでした。GESAMP-LCA作業部会第4回会合の報告と併せて、ISWG-GHG 23で審議することになりました。
なぜ「LCA枠組みの先送り」が重要なのか
ここは少し丁寧に見る必要があります。
2026年8月20日の会合で国土交通省が配布した資料では、燃料に関する次の3つのガイドラインについて、いずれもMEPC 85での採択・合意を目指すと整理されていました。
ガイドライン | ひとことで言うと | 補足 |
FLL(Fuel Lifecycle Label) | 燃料のGHG情報を船まで届ける「伝票」 | IMOは、LCAガイドラインの中で、ライフサイクル評価に関する情報を収集・伝達するための技術的ツールとして導入したと説明。第三者による検証・認証を条件に、実測の排出係数の使用も認めています |
SFCS(燃料認証スキーム) | 伝票(FLL)の中身を認証する仕組み | 改正案の第34規則は、FLLに記載されたGHG排出係数と持続可能性の項目を、MEPCが承認したSFCSで認証すると定めています |
Chain of Custody | 燃料の環境特性をサプライチェーン上で追跡する仕組み | IMOの2026年の会合計画に「燃料サプライチェーンの追跡可能性のためのChain of Custodyモデルに関する専門家ワークショップ」が7月15日(第7回)として記載されています |
その約2週間後に開かれたISWG-GHG 22で、LCA枠組みの議題には到達できなかった、ということです。
3つのガイドラインの中身は、第4回で詳しく解説します。
2-4.途上国の参加を支える基金に、資金不足の見込み
今回の会合では、開発途上国(特にSIDS=小島嶼開発途上国、LDC=後発開発途上国)がMEPCやISWG-GHGに参加できるよう支援する信託基金についても、事務局から最新情報が報告されました。
• 2023年3月の設立以降、58か国から225名(うち女性63名)の会議参加を支援
• 今回の会合では、32か国の代表団の参加を財政支援
• 世界的な旅費の大幅な上昇を踏まえ、2026年には約£220,000の不足が見込まれる
グループはドナーに謝意を表したうえで、加盟国および国際機関に対し、今後の参加を可能にするための資金拠出の検討を要請しました。
2-5.次のマイルストーン
次の作業部会ISWG-GHG 23は、2026年11月23日〜27日に開催される予定です。
その直後に、MEPC 85と臨時会合の再開が続きます(日程の詳細は第4回で整理します)。
3.まとめ(第1回)
2025年10月、NZFの採択審議は57対49の採決で1年間中断されました。 2026年4〜5月のMEPC 84で対話の再開が確認され、9月の作業部会につながっています。
9月のISWG-GHG 22では、議長が「MEPC 85に出すテキストに向けた真の意欲」を確認しました。ただし、修正テキストはまだ固まっていません。
実施指針案とLCA枠組みは11月のISWG-GHG 23へ先送りされました。11月末から12月頭に、重要な会合が集中します。
▶ 次回(第2回)予告
「各国は何をめぐって対立しているのか」を掘り下げます。国土交通省が整理した5つの論点、ツバル・ブラジル・リベリア・日本などの代替案、UCLによる各国の立場の集計(日本の直接拠出案の評価を含む)、そして採択に必要な「3分の2」の算術を解説します。
※本記事は2026年9月14日時点の情報に基づきます。IMOの交渉は会合ごとに状況が変わりますので、最新の情報は各出典元をご確認ください。
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📖 主要出典
• 国土交通省海洋・環境政策課環境渉外室「IMOにおける国際海運からのGHG排出削減対策の議論動向について」(船舶のバイオ燃料利用に向けた勉強会第4回検討会資料4、2026年8月20日開催) https://www.mlit.go.jp/maritime/content/002019947.pdf
• 国土交通省「国際海運におけるゼロエミッション燃料船の導入促進のための条約改正案に合意〜国際海事機関(IMO)第83回海洋環境保護委員会(4/7〜11)の開催結果〜」 https://www.mlit.go.jp/report/press/kaiji07_hh_000367.html
• 国土交通省「国際海運のカーボンニュートラルを促進する条約の早期策定に向けた交渉再開〜国際海事機関(IMO)第84回海洋環境保護委員会(4/27〜5/1)の開催結果〜」 https://www.mlit.go.jp/report/press/kaiji07_hh_000396.html
• IMO「Meeting Summary: Intersessional Working Group on Reduction of GHG Emissions from Ships (ISWG-GHG 22), 1-4 September 2026」 https://www.imo.org/en/mediacentre/meetingsummaries/pages/iswg-ghg-22.aspx
• IMO「Chapter 5 – Regulations on the IMO Net-Zero Framework(MARPOL条約附属書VI改正案)」MEPC/ES.2/2 Annex(IMO事務局 Circular Letter No.5005(2025)所収) https://www.liscr.com/marketing/liscr/media/liscr/online%20library/Maritime/Chapter-5-of-Draft-Revised-MARPOL-Annex-VI-2025.pdf
• IMO「REVISED PROGRAMME OF MEETINGS FOR 2026」PROG/134/Rev.3(2026年6月12日)
• IMO「The IMO Net-Zero Framework - FAQs」 https://www.imo.org/en/mediacentre/hottopics/pages/faqs-the-imo-net-zero-framework.aspx
• IMO「IMO framework on life cycle GHG intensity of marine fuels (LCA)」 https://www.imo.org/en/ourwork/environment/pages/lifecycle-ghg---carbon-intensity-guidelines.aspx
• 欧州議会「Key issues at stake at the MEPC 84」ECTI_BRI(2026)780423 https://www.europarl.europa.eu/RegData/etudes/BRIE/2026/780423/ECTI_BRI(2026)780423_EN.pdf
• ジェトロ「国際海事機関、ネットゼロ条約改正の採択を1年延期」(2025年10月) https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/10/78f5cf3c44295789.html
• 日本海難防止協会ロンドン事務所「欧州海上安全レポート月刊レポート」 https://www.nikkaibo.or.jp/london/ ※弊社では当該レポートの号を特定できていません
• UCL Shipping and Oceans Research Group「An overview of the discussions from IMO's Intersessional Working Group on GHG 22nd session」(2026年9月4日、全40ページのreadout)
• UCL Shipping and Oceans Research Group「IMO makes steady progress on the Net Zero Framework, with large majority continuing to back GHG pricing and centralised fund to support shipping's transition」(2026年9月4日) https://www.shippingandoceans.com/post/imo-makes-steady-progress-on-the-net-zero-framework-majority-back-ghg-pricing-centralised-fund ※readoutはこのページからダウンロードできます
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