炭素会計ツールだけでは見えない領域──方式の限界と、次の一歩としてのLCA
- Ono Yuya
- 2 日前
- 読了時間: 5分
企業の間で、請求書や会計データを用いて温室効果ガス排出量を自動算定する「炭素会計ツール」が広く使われ始めている。業務の負荷を抑えつつ、Scope1〜3の全体像を把握できるため、環境経営の“第一歩”として価値の高い仕組みの一つだ。
一方で、この方式には「請求・会計データだけでは取得できない情報がある」という構造的な限界も存在する。これはツールの品質とは無関係で、方式そのものが持つ特徴である。
本稿では、炭素会計ツールの役割と、方式上カバーしきれない領域、そしてそれを補うためのLCAの意義を整理する。
目次
1. 炭素会計ツールの役割
まず強調したいのは、炭素会計ツールの利点は大きいということだ。
会計データを取り込むだけで素早く算定できる
専門知識がなくてもはじめやすい
社内の理解促進や報告体制づくりに役立つ
環境経営を考えはじめた企業にとって、導入メリットは明確である。
2. 一方で「方式として不可能な領域」がある
請求書や会計データをもとに算定する方式は便利だが、“支出があるものだけ”“請求書に書かれた情報だけ” を扱うため、情報そのものが存在しなければ算定を行うことができない。
これはツールの不足ではなく、「入力データの性質上どうしても埋まらない領域がある」という構造の問題である。
代表的なものを整理する。
3. ツールでは扱えない / 不正確になりやすいScope3カテゴリ
(1)カテゴリ11:販売後の製品の使用段階
使用段階の排出量は、請求書には含まれない以下の情報で決まる。
稼働時間
消費電力・燃料
使用地域の電力係数
使用年数・耐久性 等々
これらが無いため、使用段階(カテゴリ11)は炭素会計ツールでは算定が難しい。
そもそもユーザーの電力の請求書は自社には届かない。
省エネ性が価値の中心にある製品ほど、この部分が重要になる。
(2)カテゴリ4:相手負担の輸送
サプライヤーや顧客が負担する輸送には請求書が発生しない。そのため、自社で費用を負担していない輸送は“排出ゼロ”として扱われてしまう。
実際には排出があるのに反映されない。
(3)カテゴリ5:廃棄物(相手側処理分)
顧客・サプライヤー側で処理される廃棄物、包装、残渣などは企業の会計データに表れないため、算定が難しい。
(4)カテゴリ12:販売した製品の廃棄
顧客側での廃棄量や処理方法は把握できない。そのため、製品の最終廃棄はツールでは原則扱えない。
(5)カテゴリ6・7:出張・通勤
請求書からは「距離」「移動手段」「回数」が分からないため、正確に算定することが難しい。
(6)カテゴリ3:燃料使用量
燃料価格が変動するため、金額=消費量とは一致せず、推計が不安定になりやすい。
(7)カテゴリ2:資本財
設備排出量を本来のルールどおり扱うには、
製造時の排出
耐用年数
年あたり按分
が必要だが、請求書にはそこまでの情報がない。
4. これらはツールの「欠点」ではなく、“方式の限界”
誤解しがちだが、これはツールの質の問題ではなく、会計データを起点にした算定方法そのものの限界である。
つまり、
ツールを変えても同じギャップが生じる
追加データがなければ埋まらない
方式として取得できる範囲が決まっている
という構造になっている。
5. ではどう補えばよいのか?──次のステップ
企業が環境経営を進めていくと、やがて次のようなニーズが生まれる。
製品の環境価値を正しく伝えたい
省エネ改善の実際の効果を示したい
顧客や海外規制への対応が必要になった
製品開発や営業で使える分析がしたい
ここから先は、請求データだけでは対応できない。
そこで必要になるのが、“精密なLCAアプローチ” である。精密なLCAアプローチでは、実際の活動量や稼働条件をもとにモデル化するため、上記では含まれていなかった
使用段階での排出
相手負担の輸送
最終的な廃棄
製品ごとの差別化要因
といった項目まで評価できる。
6. 炭素会計ツールと精密なLCAアプローチは「競合」ではなく「段階の違うパートナー」
炭素会計ツールは“入り口”であり、精密なLCAアプローチは“より深い分析”のための方法である。両者は役割が全く異なり、補完関係にある。
炭素会計ツール: 大まかな全体像の把握、社内浸透、報告体制の構築
精密なLCAアプローチ: 上記の補完、改善効果の定量化、製品価値の可視化、国際要求への対応
環境経営を進める企業は、この両者を段階に応じて使い分けながら、確実にステップアップしていく。
まとめ
炭素会計ツールは、環境経営の出発点としての価値がある。しかし、請求・会計データを起点とする方式上、どうしても算定できない/不確かな領域が存在する。
特に重要なのは:
使用段階
相手負担の輸送
相手負担の廃棄
出張・通勤などの行動データ
といった“請求書に載らない領域”である。
こうした部分を補い、より正確な意思決定につながる分析を行うためには、精密なLCAアプローチという次のステップが不可欠になる。
様々な規制や助成制度、グリーンウォッシュの報告などが出てくる中、それらに対応するために可能であればLCAの専門家と共に精密LCAで深い部分に踏み込むことが、企業経営に大きな助けになっていくだろう。

CO₂排出を約1/4に削減──再生RO膜が拓く“循環型水処理”の未来
顧客満足度調査結果の公表
LCAに欠かせない原単位とは?データベースの種類や選び方のコツを専門家がわかりやすく解説
★ 小野雄也の経歴はコチラをクリック





コメント